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オチをつけられなくなった話

だらだら書いたわりにオチが行方不明になった話です。
書きかけが多すぎる。




 想像以上に雪深い国だった。あまりの寒さにエースは根をあげて、麓で駄々をこねた。それを叱って宥めて、ようやく雪に覆われた城に辿りつく頃には、エースの体力が尽きて、マルコの背中の上だ。
 ギイと耳障りな音を立て、扉が開いた。エントランスから温かい風は流れ、頬を撫でた。
「よく来たね」
 雪まみれの二人を出迎えたのは、百歳を四十年越えた老女だった。
「婆さん――――」
 マルコがそう呼びかけた途端、目の前の老女は鋭く睨んできた。あまりの睨みの鋭さに、長いこと海賊として生きてきたマルコにさえも、続く台詞を飲みこませ、十分すぎる効果をもたらした。
「あー…、失礼」
 空咳をして仕切り直すことにする。
「あんたが、ドクター・くれは?」
「確かにそう呼ばれているね」
「おれはマルコだ、こっちのは―――」
 背中に目をやって、マルコは僅かに言い淀んだ。マルコの視線をたどり、ドクトリーヌが見やる。すると背負われている青年は目を閉じて表情が窺えなかった。
「あんたらの事情は知ってるよ、この子は火拳のエースだろう。ゴールド・ロジャーの息子だね」
「そうだ、エースだよい」
「それであんたが不死鳥マルコだね?」
「その二つ名は捨てたんだが、間違っちゃいねェよ」
 マルコは苦笑した。その瞬間、マルコの顔が老けてみえた。
「捨てたいものを捨てられるとは限らない、そういうことだろ?違うのかい?」
「あんたの言う通りだよい」
 口の端を歪めて、マルコは笑った。
「ここは何もないからね、あんた達の好きにすればいいよ。薬が欲しけりゃ私がなんとかしてやるからね」
「見かけによらず親切なことだよい」
「そっちの子が恩人の兄貴じゃ親切にするしかないよ」
「ああ、エースの弟か」
 モンキー・D・ルフィ――――、エースの義兄弟で、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの海賊だ。マルコが言い当てると、ドクトリーヌは柔らかな笑みを浮かべた。
 


 城の二階部分を与えられた。このフロアは自由に使用可能ということらしい。二人が過ごすのに持て余しそうな広さだが、有難く住まわせてもらうことにした。
 疲れ切って途中で眠ってしまったエースを寝台に下ろす。かつて国王が居城だったというだけあって、内装は豪奢で、寝台は天蓋つきだった。ひらひらと舞う繊細なレースが、ちょっとばかり居心地が悪かった。
 エースを寝台に下ろすと、濡れた衣服を脱がせた。防寒靴を脱がせ、靴下をとり、ズボンを取り払った。雪に濡れて湿った衣服を身にまとっていたせいで、エースの身体は冷たかった。風呂に入れて温めてやりたいが、生憎とマルコもエースも能力者である。意識のないエースを湯船に入れるのは難しかった。手早く着替えを済ませると、エースを寝台に寝かしつける。着替えをさせている間も意識が戻ることはなかったから、今晩はもう目覚めないだろう。荷物から衣服を取り出して、マルコも着替えた。
 寝台に腰かけて、ドクトリーヌが好物という梅干しと摘まむ。その酸っぱさに顔を顰め、心の中でドクトリーヌを罵りながら、マルコはホットワインを飲んだ。飲み終わったグラスをサイドボードに置くと、上掛けをめくって、エースの隣に潜り込む。
 寝息を立てるエースの顔は、苦悶に満ちていた。まだ二十半ばを過ぎたばかりの若さでありながら、ここ半年ほど続く不眠のせいで顔色は悪く、瞼はくぼんでいた。
 慰めの言葉などなんの役にも立たないことをマルコは知った。運よく生き残ったエースは、以前と変わらぬ様子で、人前では明るく振る舞っていた。
 白ひげを失ってから、あれほど同じ男を父と慕い、長い時間を共に過ごしてきた家族達は統制を失った。白ひげを失うことの意味を、白ひげの残党と呼ばれる意味を、息子達が真実悟るのに時間はかからなかった。日に日に溜まる鬱屈の吐口は、自然とエースに向かった。それでもエースは耐えていた。囁かれる陰口にも、面と向かって罵倒されても、エースはじっと耐えていた。エース自身の負い目だろう。またエースの素性を知って、スクアードと同じく彼の実父への憎悪を募らせる者もいた。
 白ひげが生きていたとしたら、エースを悪し様に罵る者などいなかっただろう。だが、偉大な父親は逝ってしまった。そしてその死が病に冒されていた白ひげの願いだと知ってなお、彼らはエースを責めずにはいられなかった。
 せめてマルコにもっと力があったなら、エースを責める家族を宥めることができただろうか。マルコの悩みは尽きなかった。
 
 酔ったふりをして、ジョズに愚痴った。片腕を失った男は、困ったように笑った。
『お前だってわかっているんだろう?』
 青瞳はジョズを見ていた。酒精など微塵も感じられない。
『オヤジを失えばどうなるかなんてことは、おれもお前もわかっていた。わかっていて、オヤジを止めなかった。家族の誰にも止められなかった。エースのせいじゃない。誰かに責任があるなら、おれ達全員のせいだ』
 そんなことはわかっている。マルコが言いたいのは、そのことではなかった。海の色が深くなり、きつく睨むとジョズは肩を竦めた。
『わかっていても、どうにもならんことはある。仕方ないだろう、エースもよく耐えている。耐えているが、そろそろ限界だろうな』
 薄々感じていたことを突き付けられて、マルコは強く唇を噛んだ。
『だからな、マルコ』
 なんだよい、と返すマルコの声は、子供みたいに拗ねていた。拗ねた声を聞いて、ジョズは苦笑した。
『エースを連れて、休んでこい』
 一瞬何を言われたのか、マルコにはわからなかった。言葉を咀嚼し、意味を悟ると急に怒りがわき上がってきた。
『なに馬鹿を言ってやがる』
 酔ったふりを忘れて、マルコは怒鳴った。ジョズほどの男が、マルコが抜けることの重要性をわからないはずがない。
『だから休みだ、エースに元気が戻ったら船に戻ってくればいい』
陸の生活が気に入ったらどうする気だ。頭に血が上って、問い返す口調は刺々しかった。
『そのときは戻らなければいい。堅気に戻って暮らしてもいいし、海が恋しくなったら、二人で新たに船を持ってもいい』
 淡々と語られて、マルコは拳を振り上げていた。避けられる距離から繰り出された拳は、ジョズの頬を殴りつけた。ジョズはマルコからの攻撃を避けることは決してなかった。それがどんなに理不尽であっても、ただのやつ当たりであっても、避けることはなかった。それが二人の間の不文律であった。
『アァ?てめェは、おれに子守りしろってのか?』
『エースは十分大人だろう』
『ンなこたァ聞いちゃいねェよ!』
 苛々とテーブルを強く叩く。グラスが倒れ、ウイスキーが零れた。それを横目で眺め、ジョズは小さく息を吐く。
『おれが降りて、お前はどうするんだよい!お前がおれの傍を離れるってのか?おれの背中は誰が守るんだよい!お前が守らねェでどうする気だよい!』
『マルコ、落ち着け』
『落ちついていられるかよい!ふざけんじゃねェぞ!てめェ!』
『マルコ!』
 強く名前を呼ばれ、マルコが我に返る。悔しげに唇を噛んで、振り上げた拳を握りこんだ。
『白ひげ海賊団を解散するのはどうだ?』
『それは嫌だ』
『もうオヤジはいない。おれ達は残党に過ぎない』
『それでも嫌だ。オヤジの名前を捨てたくねェ』
『お前がどうしてもそうしたいのなら、おれ達だけで名乗ればいい。有志を募ってもう一度やり直せばいい』
『……家族を見捨てるってのかよい』
『家族を罵って、それが家族か?』
 マルコには言い返す言葉がなかった。ジョズの問いは、マルコ自身が疑問に感じていたことだからだ。
『後始末はおれ達でする、お前はエースを連れて先に出て行け』
おれ達、とジョズが言ったが、マルコは気に留めなかった。マルコの知らないうちに、彼らが相談することなどよくあることだ。マルコ自身に関することなら、いつだって彼らは案じて先回りする。
『お前らが恨まれるだろい』
『十三人で山分けだ、大したことはないだろう』
 冗談めかしてジョズが言った。マルコは笑おうとして、上手く笑えなかった。大きな温もりがマルコの頭を撫でる。いつもなら乱暴に振り払うのに、そのときばかりはジョズの手を振り払うことができなかった。
 
 寒さが身に染みて、エースは冷えてはじめた足を擦り合せた。それでも寒いのは変わらず、暖を求めて足を動かした。偶然、足の指先に温もりが触れる。足の裏をぴたりとくっつけて、冷えた指先を温めていると、頭の上で声がした。
「……エース、冷てェ、くっつけんな」
 寝起きの声は掠れていたが、それが誰のものかエースには分かった。目をあけると、欠伸を噛み殺すマルコの顔が見える。
「なんで、マルコがいるんだよ」
 不思議そうにエースが尋ねると、眠たげな瞼が持ち上がり、金糸の睫毛の奥から海の色が覗いた。
「お前と同じで寒ィからだよい」
 やれやれ、と肩を竦めて、エースの腰を掴んで引き寄せる。背中にマルコの体温を感じた。
「足、こっち寄こせ」
 エースが足を後ろに曲げると、そのまま両脛に挟みこまれた。
「冷てェんだろ」
 いくら相手がマルコとは言え、密着しているのは気恥かしかった。
「いいんだよい」
 欠伸交じりの声が耳に届く。
「何か文句あんのかよい」
「文句なんかねェけど」
 もじもじとエースが返すと、またマルコが欠伸をした。本当に眠そうだ。
「だったら寝ろよい、おれは眠ィんだ、起こすなよ」
 エースの返事も待たずに、マルコは寝入ってしまった。すうすう、と規則正しい寝息が聞こえる。マルコの寝息につられて、エースもまた眠りについた。
 
 二度寝を満喫して、二人は昼過ぎに起きだした。空腹を覚えたエースが我慢できなくなったからだ。
 元は国王が住まう城だけあって、寝室だけではなく、バスルームも豪華だった。ジャグジー付きの大理石でつくられた浴槽にエースははしゃいだ。
 エースもマルコも能力者だったため、腰よりも高い位置で水に浸かることはできない。腰より下の位置なら、多少力が抜ける程度で済むし、慣れてくれば力が抜ける感覚さえ失われる。モビーディック号は共同浴室もあったから、エースもマルコも湯船に浸かることには慣れていた。溺れても誰かが助けてくれるのは言うまでもない。
 しきりとエースがジャグジーを使いたがった。ここはモビーディック号ではなく、ましてやエースもマルコも能力者である。ジャグジーを使えるほどの湯量は危険すぎる。エースを諭したが、子供みたいに駄々をこねた。だんだんと鬱陶しくなって、マルコはエースを放置すると、蛇口を回し、浅く湯を張った。まだ何か言い募るエースを無視して、さっさと服を脱ぎ捨て湯に浸かった。ぶつぶつ文句を言いながら、エースも湯船に身体を沈めた。両手で湯をすくって顔にかける。前髪も濡れて、くせ毛がくるんと巻かれた。
「いつまでここにいるの」
 マルコが目を向けると、エースは下を向いていた。下を向いた顔は、暗い表情をしている。心の中で溜息をついた。
「ジョズから連絡があるまでだよい」
「連絡っていつだよ」
「知るか」
 拗ねた声に返されたのは、マルコの素っ気ない返事だ。
「あっちの都合が良くなったら、連絡してくるだろい」
「あっちの都合って何?」
「準備があるんだろ」
「あんたは居なくていいの」
「いなくていいから、ここにいるんだろい」
「……なんで解散すんの」
「オヤジがいないからだよい」
「オヤジがいなくても、うまく半年やってきた!解散なんてする必要ねェだろ!」
「どこが上手くだ?どの口が言ってやがる」
 マルコの足がエースの横をすり抜け、乱暴に浴槽を蹴った。振動で湯が揺れる。
「お前を不満の吐口にして、上手くやって何か意味あんのかよい」
「おれは気にしてねェ!」
 勢いよくエースが顔をあげる。必死の形相は今にも泣きそうで、まるでマルコが苛めている気になる。
「おれたちは気にしてんだ」
「気にしてねェって言ってんのに、海から離れて、なんでこんなとこにいるんだよ」
 エースは俯いてしまった。両手で湯をすくって、顔にかける。零れた涙を誤魔化しているのだろう。
「おれといるのが、そんなに嫌か?」
 尋ねるマルコの声は優しかった。エースを懐柔するための優しさだとわかったが、抗えるはずもない。
「……嫌なわけねェだろ」
「だったら、それでいいだろい。出来損ないの脳味噌で難しく考えるんじゃねェよ。あいつらが帰ってこいと呼ばれたら帰ればいい。全員で決めたことだ、今更どうすることもできねェよい」
「おれは何も言われてねェよ」
「説明してやっただろい」
「蹴られて気ィ失って、気付いたらこの島の麓の宿屋で、何の説明があったって言うんだよ!」
「お前が納得しようとしまいと、ジョズから連絡があるまでここで暮らすんだよい、男のくせにグチグチ言うな」
 
 風呂からあがると、用意されていた食事をとった。風呂場での言い合いを引きずって、碌に会話もせず、黙々と料理を口に運ぶ。美味いはずの料理も、少しも味がしなかった。
 
 

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