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ブログ再録リサイクル
いつになくマルコは困惑していた。困り果てて、今すぐこの場から逃げ出したいほどだ。 つい、数分前、マルコはエースから告白された。
「あんたが好きなんだ」
躊躇いがちではあったが、真っ直ぐにマルコを見つめて、エースは想いを口にした。
エースの言葉を受けて、マルコは今更だと思った。
家族になるまでに散々手を焼いた末の弟を皆が可愛いと感じている。それはマルコも同じで、必要以上に世話を焼かなかったが、エースのことは可愛かった。
家族になってからは、エースは生来の人懐っこさを発揮し、誰にでも親しく振る舞う男だったが、特に面倒を見てやっているわけではないのに、エースはマルコに懐いた。 サッチがからかいのネタにするほど、特別に懐いていた。まるで懐かない野良猫を手懐けたようで、マルコも満更ではない。
「おれもお前が可愛いよい」
手を伸ばし、くしゃりと黒髪を撫でてやる。エースはマルコの手をやんわりと遮った。
「そういう意味じゃねェんだ」
エースの眼差しは真剣だった。マルコはどうしていいのか分からず、宙に浮いた手を引っ込めて話の続きを待った。
「あんたとキスしたいし、許してくれるなら、あんたを抱きたい。そういう好きなんだ」
「……はあ?」
我ながら間の抜けた声だった。
まさか二十近くも年下のエースから、そうした対象として見られているとは思わなかった。
確かにエースは、寄港しても他の家族ほど頻繁に女の世話にはならなかった。けれど決して朴念仁というわけではない。 若い割に淡白だとは思っていたが、まさかそういう趣味だったのだろうか。そこまで考えて、マルコはその可能性を消した。
エースは淡白な性質ではあったが、サッチの話では女を抱いていた。マルコは混乱した。エースに気付かれないよう、小さく溜息をつく。
わずか下にある真っ黒な旋毛を見下ろした。
乱れた髪の隙間から覗く、耳や首筋は真っ赤に染まっている。それは羞恥からなのか、それとももっと別の感情からなのか、マルコには想像もつかなかった。
なぜなら、もうじき四十に手が届くというのに、マルコは人を好きになったことがないからだ。
白ひげのことは尊敬している。サッチやジョズといった家族達のことも好きだ。彼らの為なら死さえも厭わない。彼らの為に死ねるなら、むしろ本望とさえ言えた。
モビーディック号で世界中の海を巡って旅を続けていれば、寄った島々で馴染みになった女もいる。彼女達の為に死のうとは思わないし、また喩え彼女達が死んでも、その死を悼むこともないだろう。マルコにとって、白ひげと家族以上に大切なものは存在しなかった。
だから、そうした意味で誰かを愛したことはない。マルコの生まれついての欠陥だ。それで困ったことなど一度もなかった。けれど、どう答えれば、エースを傷つけずに済むだろう。
エースは家族だ。傷つけたくなかった。なにしろエースのことは可愛い。可愛くて仕方がなかった。
「……エース、おれとどうなりてェんだよい」
「どうって、さっき言っただろ」
「そうじゃなくてな、おれと寝れば満足するのかって聞いてるんだよい」
「あんたのいう、満足って意味がわからねェ」
問い返すエースの声は尖っていた。眉間に皺が寄る。
「抱かせてやるから、それで満足しろって意味なのかよ」
エースはそう言い返した途端、若い精悍な顔から表情が抜け落ちた。ときどきエースは独りになると、こんな顔をする。能面みたいに無表情になって塞ぎ込んでいた。
慰めたくて手を伸ばすと、今度は乱暴に叩き落とされた。触れることを拒否されたのだ。
「同情はいらねェよ」
黒瞳の奥には傷ついた色があった。苛立ちを隠さなかった。
「違う、そうじゃねェんだよい」
「だったら、何なんだよ」
「おれはお前がいう好きがわかんねェんだよい」
上手い言葉が見つからず、マルコは顔を顰める。がしがしと乱暴に髪を掻き乱して、深く息を吸った。
「恋だの愛だの、そういうのがわからねェんだよい」
「……誰かを好きになったことねェの」「オヤジや家族は好きだよい」
「そんなのおれだって好きだよ。そうじゃなくてさ、独占してェとかずっと傍にいてェとか思ったことねェの?」
「ンな面倒くせェこと思ったことねェよい」
「サッチが言ってたのは本当だったんだな。おれ担がれてんのかと思ってた」
「あの野郎、何言ってやがったんだよい」
「あんたはそういうの、わかんねェだろって」
本当だったんだ、とエースは一人ぼやいた。さっきまでの張りつめた空気は薄れていた。
「お前の台詞を借りるなら、おれを独占してェってことだな?それで?おれはどうしたらいい?」
「わかんねェのに、おれに付き合う気なのかよ」
「だから聞いたんじゃねェかよい。おれと寝れば満足なのかってな」
「……満足しねェと思う」
「なら、やめた方がいいだろい?」
「嫌じゃねェなら、おれの好きなようにさせてくれよ」
「何がしたいんだよい」
「島に着いたら、二人で出掛けてくれよ。一緒に飯を食うだけでもいい。嫌じゃなければ、あんたに触りてェ。駄目か?」
「駄目じゃねェが、今までと大して変わらねェ気がするよい」
「そんなことねェよ。おれの気持ちが違う」
「そんなもんかよい」
「オヤジと家族に使った残りかすでも構わねェんだ。あんたをおれにくれよ。おれのことを絶対に拒まないでくれ」
エースの言葉の奥に隠された意味をマルコが知るのは、随分、後の事になる。
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