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ブログ再録リサイクル
一回り以上も年下の、可愛がってきた末の弟が、やけに真面目な顔で尋ねてきた。
「あんたを好きになってもいいか」
彼の真剣な顔つきが、お前のいう好きはどの好きだ?と問い質したい気持ちをマルコの胸の内にと留めさせた。
真っ直ぐな眼差しは、言葉にするまでもなく、彼の好意の意味を知らせてくれたからだ。
あまりの真摯さに、お前は可愛い弟だよい、と笑って冗談にしてしまいたかった。
それを押しとどめたのは、おおよそ愛情に恵まれてこなかった、弟の今までの生き方を想像したからだ。拒絶することは簡単だ。そうしてしまうには、彼の表情がどうしようもなく哀れだった。
「それはおれの許可がいることかよい?」
やや俯き加減のエースを正面から見据えて、マルコが問い返すと、末の弟は顔をあげた。随分と頼りない、途方に暮れた迷子のようだ。
「……いや、たぶん、いらねェ」
僅かな逡巡のあと、絡み合った視線を逸らすこともなく、言葉を区切って、エースははっきりと答えた。
「なら、お前の好きにしろい」
そこまでわかっているなら、何故わざわざ告白という手法をとるのだろう。相手に嫌悪される可能性があるなら、馬鹿げたやり方だ。それを承知でエースは、正々堂々と思いを口にしたかったのだ。
彼の望むものが、家族の愛情や、寂しさを紛らわすためのセックスなら、いくらでも応えてやれる。末の弟が欲しているのは、薄っぺらい優しさでも、その場しのぎの温もりでもない。
エースが望むものを与えてくれる存在など、彼がその気にさえなれば吐いて捨てるほどいる。与えられるはずのない相手に愛を望むのは、無理を承知で願って、それを手に入れたなら、本物だと思える、と勘違いしているからだ。
「本当にいいのか?おれはきっとあんたの全部がほしくなる。今だって、あんたが欲しくて、欲しくて堪らねェんだ…!」
早口に捲し立てる声が震えている。切ない響きを帯びた声に胸が痛んだ。
与えてやるのは、容易い。それでエースが満足できるなら、いくらでも与えてやれる。
どれほど言葉で重ねても、たとえ体温を分かち合っても、エースは信じることさえできはしないだろう。
「おれが応える義務はねェだろい、違うか?エース」
にべもないマルコの答えに、エースの顔は暗く沈み、項垂れてしまう。
「お前のとは違うかもしれねェが、おれはお前が可愛い。お前が好きだよい」
マルコの答えを受けて、伏せられた黒髪が勢いよく揺れた。そばかすの浮いた顔を上げ、少し照れたように口元をゆるめる。
「あんたは優しいな。やっぱり、おれはあんたが好きだよ」
真っ直ぐにマルコを見つめて、エースは笑う。柔らかく笑んだエースの顔をマルコは素直に可愛いと思った。
「それはお前の勝手だよい」
素っ気ない言葉を返しながら、マルコは手を伸ばし、真っ黒なくせっ毛を優しく梳いてやる。くすぐったさに首を竦めた弟の顔は、年齢よりも幼く見えた。
自室の扉の向こうで、数十分ほど前から、人の気配がする。何度も廊下を行き来し、時折、迷うような気配が扉の前で止まる。この数カ月で、馴染んだその気配には覚えがあった。半年前に、家族になったエースのものだ。
机の上に広がった書類の山を見やって、マルコは大きく息を吐いた。本来なら、エースに構っている暇などない。
明後日の上陸に備えて、換金所へ持ち込む財宝のリストを作る必要があるし、補給物資の確認もある。これらは特にマルコだけの仕事ではないが、几帳面な性格と、完璧主義が災いして、率先して仕事を買って出てしまう。マルコが片付ける方が早いとわかると、家族は皆、仕事を任せてくるようになった。
てめェはオヤジのことを言えねェよ、というのは、白ひげの酒量を窘めたマルコに対して、親友のサッチが放った台詞だ。仕事中毒も程々にしろという、思い遣りから出たらしい。それなら手伝えと皮肉ると、叱られるのは趣味じゃねェ、とサッチは豪快に笑った。以前、親友の文字の汚さや、計算の乱雑さに文句をつけたことがあった。それを思い出してのことだろう。今更だが、無性に腹が立った。
羽根ペンの先を拭って、机に置いた。扉の向こうの気配は消えそうもなく、このままでは、気になって仕事が手に着かない。
わざとらしく足音を立てて近づくと、乱暴に扉を開けた。そこには、俯いたまま立ちつくすエースの姿があった。急に開いた扉に驚いて、顔をあげる。
「何の用だよい」
扉に凭れながらマルコが尋ねると、エースは唇を僅かに開き、何か言いたげに動かすが、結局、何の音にもならず、唇を噛んで俯いてしまった。少しの苛立ちと、常ならぬエースの様子にため息が漏れる。
「……入れよい」
マルコが入室を促すと、エースは弱々しく首を横に振った。それなら立ち去れと言ってやればよいのだが、冷たくあしらうには、エースの様子が気にかかった。
「何度も言わせるない。さっさと入れ!」
乱暴にエースの腕を引いて、室内に引き入れる。掴んだ腕の冷たさに目を見張った。
「冷え切ってるじゃねェかよい」
世話が焼ける、と舌打ちとともに小声で呟いて、マルコはベッドから毛布を引っ張り出すと、エースに向かって投げつける。途方に暮れた子供のように、立ち尽くしたままのエースに座れと長椅子を指し示した。それでもエースは動かなかった。何も話さないくせに、何か言いたげにマルコを見つめる視線が鬱陶しかった。
エースの視線から逃れたくて、温かい飲み物を取りに行くと告げ、部屋をでようとすると、強い力で腕を引かれた。傾いだ身体は、そのままエースによって抱きとめられる。
子供だ、と思っていた末の弟の腕は、想像よりも逞しく、立派な男のものだった。胸に湧いた居心地の悪さを押し殺して、弟の腕に抱き取られたまま、マルコは顔を向けた。
「どうした?エース」
できるだけ優しく問いかけた。声の調子に内心の動揺は現れなかったことに安堵する。
「…おれ、あいつの子供なんだ」
「あいつって、誰だよい?」
今更、身の上話か、と腑に落ちない気分を味わう。エースの切羽詰まった表情を眺め、目線で先を促した。
「ゴール・D・ロジャー、オヤジの敵の子供なんだ」
ああ、と名前を聞いて、見習い時分に何度も見た面構えを思い出した。エースの顔とは、それほど似ていないように思う。一体、それがどうしたというのだろう。マルコは首を傾げるしかなかった。
エースにとって決死の覚悟で告げた生い立ちに対して、マルコは特に反応を示さなかった。嫌悪も憎悪も、酷い侮蔑の言葉も放たなかった。今にも泣きそうな顔を更に歪めて、エースはマルコの首に腕を回し、抱きついた。何が何だかわからねェよい、と心の中でマルコはぼやいた。エースの態度から、このままでは埒が明かないと判断し、疑問をそのまま口にする。
「それがどうしたっていうんだよい」
ぎゅうぎゅうに縋りつかれて苦しかったが、目の前で揺れる黒いくせ毛を撫でてやった。何度か繰り返すと、縋る腕の力が弱まった。
「お前はお前だろい。他になにかあんのか」
末の弟を首に縋らせたまま、マルコが問い返すと、触れる指先がゆれた。
「オヤジもそう言った」
「なら、何が不満なんだよい」
「不満なんかねェよ…!そうじゃねェんだ…!」
思わず声を荒らげた、エースの語尾は震えていた。マルコはエースに気付かれないよう、小さく息を吐くと、腕の拘束を無理やり解かせ、正面で向き合う。僅かに下にあるエースの顔は、黒いくせ毛でよく見えない。
「まったく、しょうのねェガキだよい」
俯いたエースの頭を力任せに引き寄せ、宥めるように抱いてやる。身体を固くしたエースに構わず、空いた手で、髪を掻き乱してやった。
「……やさしくすんなよ」
「おれはいつだって優しいだろうが」
「優しくされたら、ますますあんたを好きになる」「別に今だって好きなんだろい。だったら、少し増えても同じだろうが、面倒臭せェなァ」
「……あったかい」
ぽつり、と漏らしたエースの一言は、マルコの心の深い部分に触れた。
末の弟は、誰かと温もりを分かち合うことすら、経験がないのだろうか。人が温かいのは当たり前だ。そんな当たり前のことすら知らずに、今まで生きてきたのか。
「エース、今日はここで寝ていけ」
仕事のことはどうでもよくなった。急げば明日一日で十分間に合う。今はそれよりも、エースに教えてやりたかった。誰かと体温を分け合う安心を、知ってほしかった。
「何言ってんだよ!あんたがそこまでする理由はねェだろ!」
マルコの言葉の意味をセックスに直結させたらしく、エースは真っ赤になって慌てている。その慌てっぷりに、こいつ童貞じゃねェだろうな、と一抹の不安を覚えた。
「誰がやるって言ったんだよい。寒いんだろ?あっためてやる」
そう言うなり、エースをベッドに引き倒し、マルコも一緒にベッドの上に転がった。毛布を引っ張り上げ、エースと共に毛布にくるまった。
数分もしないうちに、規則正しい寝息が聞こえた。仕事中毒の長男は、彼自身が想像したよりも疲れていたらしく、すぐに船を漕ぎ始めた。目を閉じて寝息を漏らすマルコの寝顔を眺める。
「あったけェな…」
マルコの腕の中で身じろぎすると、しなやかなに鍛えられた胸元へ顔を埋めた。鼻先に馴染んだ匂いを感じて、若い情熱の持って行き場に困ったが、やがてエースも寝息を立てはじめた。
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